「私は君達の・・と言うより、この時間の流れからすれば400年位未来に
あたる時代から来た。」
信用するかしないかは別として、聞くだけ全部聞いてやろうと思っていたが、
それにしても突拍子も無い話ではある。
「この世界では日本は原爆を落とされた事になっているが、僕の来た世界では
日本が米国サンフランシスコと中国の南京に原爆を投下した。
米国軍と怒りに燃えた中国軍に徹底的に都市は破壊され、多くの血が流れたが、
昭和20年12月9日に全面降伏をした。
結果沖縄と九州は中国の領土と化し、他は米国の52番目の州となったのさ。
中国領は「蓬莱(ほうらい)州」と呼ばれ米国の「東洋(とうよう)州」
と肩を並べる
ハイテク産業が育った。
その後、再度日本国として独立するのに200年待たなくてはならなかった・・。」
今は終戦から60年を迎えたばかりだ。
なのにこの人は更に150年後の事を言っている。
まあ、全部聞く約束だから、大人しく聞いてあげよう。
「日本は東洋のマサチューセッツと呼ばれたが、 ハイテク技術は100年を
待たずに本家を抜く までになった。
次の100年で「蓬莱州」と「東洋州」だけで世界の1/5の外貨を稼いだ。
米国が世界統一政府創立に失敗するや否や窮地に陥った赤字財政を完全補填
する代りに独立権を勝ち取ったんだ。
無論中国領も買い取った。
一つになった日本が真っ先に手がけたのが時間を遡る為の研究だったのさ。
日本国の悲願として何としてでも歴史を塗り替えようとしたんだ。
時間と言うのは別次元軸を捻るだけで割と簡単に見える事は判ったが、
物質をその 次元軸に平行に送り込む事は理論上不可能と言われた。
それでも、様々な実験や研究が繰り返された。
そうして、紀元2329年に一つの画期的な実験が行われた。
半径1Kmの巨大な球を爆縮させて亜ブラックホールを作りその捻じ曲がった
次元の瞬間に物質を送り込もうとしたのさ。
ある意味実験は成功した。
1908年のツングース隕石の衝突に合わせてマイクロチップを送り込んだ。
放出エネルギーで隕石本体は蒸発してしまったがマイクロチップは生き残った。
時間軸から踊り出た途端巨大なエネルギーが放出される。
マイクロチップはそれを未然に防ぐため誘導体として送り込まれた。
おそらく、一度っきりのチップに誘引された人類到達の挑戦が計画された。
なぜなら、新たに人間が降り立った場合、歴史が書き代えられてしまうからだ。
書き換えられたら、送り込んだ世界は消滅するパラドックスが完成する。
しかし、日本人はそれを望んだ。
目的は第2次世界大戦の日本の原爆投下を阻止すること。
日本人が唯一歴史に残した最大の汚点。核反応を操れない時代の最悪の記憶。
これを払拭する事に全力が注がれた。
君達、新しい歴史の日本人に希望を宅してね。」
ボクトツとしながらも、彼の話には真実味が感じ取れた。
目茶目茶な話しではあるが、彼は決してふざけている訳では無いと感じられた。
作り話としても面白い。
「その日本では、そんなに悔んでいたんだ?」
「ああ、400年経ってもその奥底に根強く残っていたよ。
誰もジャパニーズって呼ばない、「ボンバーズ:死肉を漁る生き物」
って呼ばれたのさ。
何年経っても世界中は忘れてはくれなかった。
あれ以降、日本人は他国の人間と結婚なんぞ殆ど出来なかったんだ。
忌むべき血だと嫌われた。400年に渡ってね。
ボンバーズは人間とは別なんだと言われた。
幾ら外貨を稼ごうが事業に成功しようが世界は取り合ってくれなかった。
過去の事とは言ってくれない。何世代交代しようが、誰も認めなかった。
無理矢理独立したのも、そう言う背景があった為だ。
頭はキレルが忌むべき生物、それが我々ボンバーズなのさ。」
「悲しいね・・・」
「全くだ・・」
彼は溜息をついた。煙草を胸から取り出した。僕は火をつけてやる。
「2408年、火星と地球の中間点を通過する彗星が見つかった。
直径は32Km。
規模と宇宙開発技術からして最も都合の良い「カプセル」だった。
爆縮で送れる最大荷重は220Kgまでだが、装備を含めると人間一人が
やっとだった。
火星と地球の中間軌道から真空冷凍されて地球に辿り着く。
それまでの技術の全てをこの計画に注ぎ込んだと言ってもかまわないだろう。
日本中から候補を絞り込んだ。
そして現在を賭けた人間が選出された。 その人間が・・私だ。」
煙を美味そうに吐き出した横顔は実に穏やかである。
もし、それが本当なら・・いや、本当であると思える風格があった。
「1945年1月28日に私はこの地球に誘導され、そうして目覚めた。
そこまでの歴史は全部判っていたが、しかし、徐々に歯車が狂って行った。
居ないはずの私が歴史に関わり出して狂い始めたのだが、考えていた
以上にその変化は早く来た。
一週間を置かずに歴史データは全く使い物にならなくなった。
阻止すべきドイツのUボートの航路も行方も皆目見当がつかなくなって行った。
特殊訓練を受け、様々なミッションを計画していたのだが・・・
私が出来た事は・・・結局何もなかった。」
「何もなかった?」
「ああ、予定していた歴史の修正は全て失敗した。」
「全部?」
「ああ、全部だ。この世界に来て結局私に出来たのは生きている事だけだった。
日を追う毎に史実とかけ離れ、会うべき人物や行くべき土地・・
予定していた事をただの一つも出来なかったのさ。
歴史は勝手に一人歩きをし、有り得ない事象が幾つも起こった。
それに対応した訓練も受けていたはずなのに、遥かにそのシュミレーションを
大きく掛け離れた歴史が作られ続けた。
そうして、私が何か確実な報告が出来るとするならば、この別な歴史軸の
この日本に今いるって事だけさ・・。
原爆を作れなかった米国が原爆を作り日本に投下した。
日本人の悲願ははからずも達成はされた。
ただ・・・ ボンバーズと呼ばれたはずの私の生まれた地球は存在すら
していないって事だ。
おそらく、私が火星軌道に現れた時から既に帰るべき世界は消滅していたと思う。」
「あなたは今何歳なの?」
「忘れた。この地球に誘導される前は19歳だった。プラス60歳って事かな。」
「ふーん、80歳には見えないけどなあ、どう見ても40歳前後って感じだけど・・」
「私達の平均寿命は150歳位になっていたからね。ま、君達が短命なだけさ。
全く別の世界だから同じになるとは言えないが、本質がにているならそんなに
遠く無い未来に新陳代謝を持続させる新薬が登場するだろうと思うよ。」
「これから何処に行くの?」
「さあて、どうしようか思案のしどころさ。
私の得てた知識はだいたい与えちゃったしなあ・・。もっと勉強しとくんだったよ。
後50年位はこの地球環境でも生きていられると思う。
二度と会う事は無いと思うけど、元気で頑張んなよ。
つまんない話につきあってくれて有り難う。
お礼に残り物のチップをあげるよ。
今の技術程度だと50年先位に追い付く事の出来るチップだ。
ハードウェアが無いけど、解析位できるだろうよ。」
彼は小さなボタンの如き物体を私の手のひらに乗せて席を立った。
このチップ・・・どうしようか・・・ひょっとしたら、僕も大金持ちになれる
チャンスかも知れないな。
インテルにでも持って行ってみようかしら。
あれから1ヶ月・・チップを眺めながら彼を思い出している。
チップは結局まだ誰にも見せていない。
「命だけは大事にしろよ!」
妙な励ましを受けたが、戦場に行く訳でもあるまいに・・。
稲瀬キャップ(編集長)からは「面白い街だから記事にして来い」
と命令を受けたが、詳しい説明は受けていない。
最も、詳細がわかっているなら今更取材もないだろうよ。
地図に載っていない街だと言う。人が住んでいるのに地図にならない?
可笑しな感じはした。
場所的には陸上自衛隊の演習地の中なので街の正確な名前は無いのだと言う。
仮につけられたのが「超人村」だそうな・・。ふざけた名前だ・・。
電車を乗り継いで片田舎の駅で降り、バスで駐屯地まで行く。
案外出入りは自由なのだそうだが、一応陸上自衛隊の受け付けの前を
通る事になる。
事前に貰ったIDカードを胸につけていれば、一々窓口に行く必要はないらしい。
バスは止まりもせずにそこを通過した。
ただ、バスの案内では必ずIDカードをつけていなくてはいけないとしつこく
繰り返された。
隣のおっさんが言うには、先日IDカード無しの乗客がいて、自衛隊に
保護されたらしい。
銃をつきつけられ、護送されたと言うが、今の日本でそんな事があるんだろうか?
IDカードがあれば全く自由だと言う事だ。
気軽にキャップがくれたIDカードだが、ちょっとだけ有り難味を感じた。
「村役場前」と言うバス停で降りる。
のんびりとした田舎町にしか見えない。
そう、30年も前に戻ったような景色である。
少なくとも自衛隊演習地と言う語源からは想像も出来ない。
道は未舗装である。
バス停から百メートル位先の農道の向こうに木造平屋建ての家があり微かに
「役場」の看板文字が確認出来る。
取り敢えず、そこに行ってみるしかあるまい。
突然後方の林から異様な爆音と車の走る音が近づいて来た。
明らかに猛スピードで走る車の音だ。
林の向こうなので直接は見えないが、数十メートル向こうでバリバリ、カンカン、
ドシャー!と言うまるでラリーカーの如き周辺をつんざく音がし、あっと言う間に
遠くに過ぎ去って行った。 ・・・何だったんだ?
バス停のベンチに腰かけて、しばらく周囲を眺めていたが人の気配が
感じられない。 取り敢えず役場に向かう事にする。
古ぼけた村役場の玄関を入る。土間である。
中には机が3つ程置いてあり、20歳前後と思える若い女性が書類に向かっていた。
「こんにちはー。」
私の声に、女性はカウンターまでやって来た。
「はい、取材ですね?」
「ええ・・、それで・・はじめてなので・・この村の事を教えて欲しいと思いまして・・。」
「生方義男さん、32歳、独身、フリーライター、趣味はフライフィッシング・・・と・・・」
「へ?」
女性はにこやかに、いきなりそう言った。
「認識していますので、そうですねえ・・・案内をつけましょう。
詳しい事は彼からお聞き下さい。」
そう言うとウムも言わさず、携帯電話を取りだし誰かを呼んでいた。
「10分程で到着するでしょうから、そちらのイスでお待ち下さい。」
何がなんだか判らない・・・。
しかし、女性には全て飲み込めているようだ・・・。
ここは、不案内な土地の事。従う事にした。
「彼、今30Km先のコンビニに買い物に行ってるのですぐ戻りますよ。
今向こうを出ましたから。」
何の気無しに聞いていた。
?30キロ?・・・まさかね・・・・・・30キロを10分?
・・・えっ?180km/h?
何を冗談で・・・と思ったが・・さっきの不審な爆音の件もあるし・・・・。
「あのー」
「はい、ナンでしょう?」
女性はにこやかにこちらを向いた。
「さっき、バス停の後ろの林で、すごい爆音が聞えたのですけど・・
あれは・・・?」
「ええ、今来る彼でしょう、きっと。この村の唯一のタクシー運転手ですから。」
「タクシー・・・ですか?」
「ええ・・」
にっこりと笑いながら彼女は再び書類に向かった。
ほのぼのとした役場の長イスで、ほのぼのとタクシー を待った。
役場の前の回転灯が回り出した。
「あ、もうすぐ到着します・・。」
女性はカウンターを出て、玄関先に私を案内した。
「埃が立ちますから、到着するまで中にいましょう。」
爆音が近づいて来た。
遥か先でジャーッと言うダートでブレーキをする音がした。
埃が風にゆっくりと流れて来る。
ボンボン・ボンボン・・・ゆっくり車が近づいて来た。
・・・・えっ?・・・ポルシェ959?・・・・
銀色の車の横には「村営タクシー」の文字が大きく書かれていた。
ヘッドホーンをしたこれまた20歳前後の若い男がコンビニの袋を持って
降りて来た。
「ねえちゃん、ほい、3色弁当・・とおつり、な」
男は女性に袋を渡すと、私の方を向いた。
「取材?」
「ええ、宜しくお願いします。」
「OK!」
男は助手席のドアを開けた。
「取り敢えず座ったら、そこのヘッドホーンをして下さい。
そんでシートベルトはキッチリ締めて下さいね。」
車内はどう見ても「ラリー・カー」そのものだ。
内張りなんかまるで無い。ダッシュボードも
ラリー・カーのそれである。
外からは見え難いが、ロールケージが網の目のように張り巡らされている。
唯一違うのは真ん中のタクシーメーターのみ。
「昼飯、まだでしょう?村の展望台にレストランがありますから、まずは
そこでヒルメシ食いながらお話ししましょう。」
さっぱり訳がわからないまま取り敢えず乗り込んだ。
「レストランまで約8kmっすから3分ほどで到着します。
怖かったら目をつむってて下さい。」
言うが早く車は走り出した。つうか、急激な加速。とんでもないGで
バケットシートに押し付けられる。
コーナーが近づいて来るがスピードは一向に落ちない。
手前から一気に横を向いて侵入。
加速は続いている。益々速度は上がっている。
短い直線でも150km/hはゆうに越えている!ばけもんか、コイツ!
農道から林道に入る。
凄まじいブレーキングからドリフトしたままコーナーに侵入、すぐに逆を向く。
コネコネした林道をジェットコースターのように駆け上がる。
「昔、ラリーをやってたんでしょう?」
ヘッドホーンからクリアな声が聞えた。
「ええ、少しだけですけど・・・」
「ここは私の庭ですから、事故る心配ありませんので、気楽にしててください。」
・・・・気楽に・・・か?
「これ959ですよね?」
「ええ、スペックFですがね。」
「スペックF?」
「かつての959の改良版です。先月あがって来たので今試運転中なんですよ。」
・・・試運転?・・・これが?
凄まじいドライビングしながら、彼は普通に話を
している!
視界が開けた。眼下に見事な風景が広がる。
しかし、車は高速コーナーをずっとドリフト状態。
スピードメーターは190km/hの少し手前。
急激に減速してスピン。くの字を一気に加速してつづら折れを登って行く。
頂上が近い。頂上の展望台の回転灯がチラッと見えた。
あっと言う間の3分間。
途中、メーター読みで220km/hを越えた直線が数ヶ所あった。
生きた心地がしなかったが、この若者滅茶苦茶上手い。
車を降りる時によろめいてしまったが、無事レストランに歩いて入った。
座席に座りながら彼は自己紹介をした。
「あっ、僕、小山田悠(おやまだ・ゆう)と言います。 若干18歳っす。」
18歳?? あっけに取られている僕に彼は続けた。
「3年前に栃木の高校を卒業して、去年大学も終えて、ここでタクシー
やってます。」
・・・・・ あっけにとられ・・・・
全く不思議な顔をしてる僕に彼はにこにこして説明してくれた。
つまり、超人村とは日本全国から一般に受け入れ難い人材を集めて、
各能力や特技をさらに伸ばす為の訓練所を兼ねて国が設立したらしい。
因みに彼小山田君は学力よりもドライビングの適性を買われ職業を
タクシー運転手として強化訓練がされてるのだそうだ。
役場の女性は、彼の実の姉で、記憶及び分析能力に優れ一人で
役場を切り盛りしていると言う。
戸籍・住民証、はては法律は元より
人材適応分析や心理学による診断。
彼のドライビング適性も彼女の分析結果だと言う。
彼女の頭の中には数万人分の情報が入っているとの事。
現在パソコンCPUと演算力で競争中。
単なる演算では負けるが、情報処理では今のところ負け無しだと言う。
他にも様々な脅威的な人材が多数いるらしい。
腹も膨れたところで、彼の案内で数ヶ所回ることになった。
まずは「診療所」に行く。
回転灯が回りだし、スタート。さっき登って来た道を逆走するのだ。
下りの速度も半端でない!
「ところで、対向車って無いのかい?」
バケットにしがみつきながら、聞いてみる。
「ええ、僕の走る道は僕専用なんです。村には 殆ど車ってありませんしね。」
「それじゃ、皆どんな交通手段を使ってるの?」
「地下にリニアが走っているんで、殆どはそれで間に合いますよ。」
「リニア?」
「ええ、ここでは実験的ですけど実用化されてるんですよ。後で乗ってみて
下さい。」
・・・初耳だ・・・
林の途中をパックリ曲がって田園に出る。無論ドリフト状態。
周囲はのどかな単なる田園風景。しかし、人の姿は何処にも見えない。
「ここの農地は村が全部管理しています。関係者は5人ですね。」
「たった5人でやってるの?」
「ええ、全てコンピュータ管理で自動機械が殆どの作業をやってしまいます。
火星環境用の開発コンセプトで動いているんだそうです。」
「火星環境?」
「ええ、火星を開発する場合のプラント工法をシュミレートしてるそうです。
詳しくは農協に聞いてください。診療所の後で寄りますから・・。」
・・ナンだかとってもおかしい・・・
「小山田さんって国家公務員なの・・かな?」
「いえ、ここには殆ど公務員はいません。
皆独自にスポンサーの開発実験や研究を請け負っていて、殆どそれで
食べています。
因みに私は車業界がスポンサーっす。
この959のエンジンの燃料はメタノールでコンブから抽出しています。」
「コンブ?あの海のコンブ?」
「ええ、あのコンブですよ。海で燃料を育ててるって訳です。
昔一時中断したらしいっすがここに来て復活したみたいっす。
先先月までは燃料電池を積んだ205T16に乗ってたんですよ。
その前はハイブリッドのストラトス・・その前は4輪モーター駆動の
ランサーエボですね。
足回りなんかも全部先行試作品なんですよ。
この959は予定では10万キロ走らせます。
月2万キロですね。
1週間で平均4000キロ位走らせますから、通常のスピードで運転
してたら間に合わないんですよ。」
・・・言葉が出ない・・・。
回転灯が見えた。診療所に到着。
小さな白い3階建てのビル・・確かに「診療所」と言う雰囲気である。
玄関を入ったが・・人の気配が無い・・・。
「先生、小山田です。取材の方を案内して来ました。」
静かに壁に向かって言うと、脇のドアが開いて初老の女性が顔を出した。
「いらっしゃい。生方(うぶかた)さんでしたわね?こちらへどうぞ。」
スリッパに履き替えて、部屋に入った。そこは普通の応接室のように見えた。
「私がこの診療所の唯一の医師の美弥野です。」
「今日は休診日なのですか?患者さんがおりませんが?」
「いえいえ、今日は平日ですよ。滅多に患者が来ないだけなんです。」
怪訝そうにしていると、先生は笑いながら説明した。
「私の治療は”治癒力”を高めて上げるだけですの。
元々人間は”治癒力”をもっています・・再生能力ですね。
ですからここでその治癒力を高めてあげます。
後は患者さんが自宅で療養しながら治します。
だからウチには入院患者も毎日の通院患者もおりませんの・・・。」
「治癒力?」
「ええ、厳密には私が治すのじゃあありません。」
「中国4000年の・・ですか?」
先生は笑いながら首を横に振った。
「一概に違うとは言いませんけど、子供の頃から私が手を当てるだけ
で怪我や病気が治るんです。確率はほぼ80%くらいですがね。
流石に新陳代謝が弱った方などは無理ですけど。
一時は神様扱いもされましたけど、今はここで次期未来型治療の為の
データを集めています。」
「未来型治療?」
「ええ、身体を開いたり、クスリを投与しなくても人間の持ってる治癒力
だけでかなりな回復を見せます。
かつては”奇跡”と言われましたけど、実は一番身近で確かな
治療方法と判って来ました。
なぜ私だけがそれを可能にしているのか・・・それを解明する為に
ここに診療所を開いているんです。」
判ったような判らないような・・・。
横の小山田君が口を開いた。
「実は、僕の集中力も先生に引き出して貰ってるんですよ。
人間の本来持っている能力の奥の動かない
部分を刺激してもらってます。
利きますよ、こいつは!」
・・これは”医者”と呼べるのだろうか?
判ったのは先生は医師免許など持っていないと言う事だった。
だから、この村を出て患者を診る事は出来ない。
しかし、医師免許を持っていなくても治療すれば治るのである。
結局、この方も尋常な人ではないらしい。
次は農協に行く。
農協はすぐ近くにあった。
あのスーパードライビングは殆ど無しで着いた。ほっとする。
農協と言われたが、見た目喫茶店にしか見えない。
看板には村営農協と確かに書かれている。
大きなガラス窓の向こうにカウンターが見え、誰かが
コーヒーを飲んでいる。
その人がマスターこと組合長の田辺氏だった。
横の壁にはパソコンが4台並んでいて、全てスイッチが入っている。
時々画面が変化しているが、無論私には判らない。
気さくな方で、コーヒーを入れながら話しはじめた。
「現在日本も農村に後継者がいないと言う事が問題になっていますけど、
更に突き詰めて行くと誰も いなくなる可能性がある訳です。
人手が殆ど無い世界・・イコール”火星開拓”も同じではないのか・・
と言うのが出発点です。」
「それはロボット化と言う事ですか?」
「そうとも言えますが100%とは言えません。
何故なら、最も優れているマシーンはやっぱり人間なのですよ。」
「でも・・今人間はいなくなると・・・」
「絶滅したら・・農業をする意味がありません。
食べるための農業ですからね。」
田辺氏は大きく高笑いした。豪快な方である。
「ウチの田んぼ見ました?」
「ええ、高速で走行する車の中からなので詳細は見えませんでしたけど・・・
誰もいませんでしたし、これと言って機械も見当たりませんでしたが。」
「地下にトンネルが張り巡らされているんです。
地上を機械が移動するには、様々な条件が重なる。
例えば畔を登ったり降りたり。
地下に張り巡らせたトンネルは移動に関しては全く条件は同じです。
更に、田んぼの条件もほぼ同じに設定してあります。
ですから、移動も作業も最小限の機能で済む為不要なエネルギーを
使わなくて良い訳です。」
「地震などがあったら壊滅しませんか?」
「その為に私達人間がいます。
管理人はやはり人間が最も適していると考えています。
ここの土地土地をそれぞれドームで覆えば火星のプラントのシュミレート
に近似します。無論気象条件などは全く違いますけど。
ここの農協は言わばこの村全体の畑の管理人と言う訳です。
細かい作業は殆ど機械化されていますしパソコンが管理します。
ただ、気象の変化や条件変化も機械のデジタルデータ解析だけでは
追従できません。それが農業の面白い所でもあります。
この村の穀物の殆どはここで自給されているんですよ。」
更に話は続く。
「この上空に固定のカメラ衛星が浮かんでいて地上を常に解析しています。
各畑の水分量や発育程度等が逐次あのパソコンに送られてきてるんですよ。
だから、必要な時期に必要な水分や肥料を畑に供給しています。
更に畑を出来るだけ多品種にしたり、極力虫が寄らない工夫など多義に
渡ります。 この辺は火星では心配ないでしょうがね。」
「衛星ですか?専用の?」
「ええ、この農地の為だけの衛星です。」
・・・これは・・本当に農業なのだろうか?
私は、この人達の話が素直に受け入れられなかった。
「このコーヒー豆ですが・・・・」
コーヒーをすすりながら田辺氏は言った。
「実はこの村で栽培された豆なんですよ。
この先に半地下になった巨大ハウスがありまして、そこをブラジルと同じ
気象条件にしてあります。
まだ、土壌は未完成ですが、来年か再来年には、殆どブラジルに酷似した
土壌が出来ます。どうでしょう・・見学なされます?」
私は丁寧にお断りした。
これ以上ここにいては精神衛生上もたない。
車に乗り込んでしばし考えてしまった。
この村は大学の研究室なのか?
金に糸目をつけないで、あらゆる手段をとっているが・・許されるべき事なのか?
どう考えても国が優遇していると言うような枠すら越えている。
難しい顔をしているのを察して小山田君が声をかけてきた。
「ちょっと食傷気味みたいですね。
ここで甘いキャンディーでも舐めてもらえれば良いのでしょうけど・・。
逆に猛毒を盛りましょうか?」
大きな声で笑い出した。
「次はマグマ発電と行きますか。」
「えっ?マグマ発電?地熱じゃあないの?」
「ええ、マグマそのものですよ。
ちょっと山の中に入るので10分程かかります。」
車は再び動き出した。
もう、彼のドライブに驚きもしない。
兎に角安全であると納得すれば、普通のドライブの心境と何も変わらなく
なってしまう。
「直接マグマを取出しているって事?」
「いやあ、流石にそいつは無理でしょう。
マグマの熱に耐える物なんてこの地上にはありませんから・・。
発電所の所長は五所ヶ原と言いますが、変なオヤジなのは他の方達と
変わりません。
ただ、周囲の反対を押し切ってマグマと戦ってる 男ですから・・
結構面白いっすよ。」
発電所は山と山の隙間にひっそりとあった。
円柱形の見慣れない形をしているが、特に変わった建物にも見えない。
中に入ると中央にエレベーターがあった。
それに乗り込みながら小山田君が話し出した。
「この建物は単に玄関なんです。
ここまで大きいのは地下にエアーを送り込むポンプが周囲を取り巻いて
いるからなんです。
これから地下60キロメートルに潜ります。」
「60キロメートル?そんなに?」
「たった60キロメートルっすよ。
但し、急激に下降すると軽い潜水病と同じ症状がでるので段階的に
90分程かけて下降します。圧搾エアーの世界に入りますからね・・。」
「潜水病?圧搾エアー?」
「下に降りれば判りますよ。」
ニコリッ笑ってドアを閉めた。
天上からエアーのシューッと言う音がして若干耳が聞えなくなる。
圧力が高まったのだ。
ゆっくりと下降が始まったが、徐々に加速して行くのが判る。
壁にあるインジケータの光が現在位置を知らせてくれる。
ほぼ10km毎に暫く停滞しては更に部屋の圧力が高まって行くのが判る。
ちょっと気分が悪くなって来た。
「慣れれば、そんなに悪い環境でも無いっすよ。
下の研究所は5気圧位に保たれています。
排気の関係もあって、その位が丁度都合が良いみたいなんですよね。」
やがて到着。まるで映画のスパイものみたいなシチュエーションの廊下に
出る。 但し、思った以上に狭い感じがした。
廊下の先に潜水艦のハッチみたいな楕円の入り口。
全体的に結構な振動音の中、こざっぱりした白い壁の部屋に所長はいた。
事務机の上の数台のパソコンに向かって作業中。
僕等に気がつくと、手招きした。
「やっぱり600mmってとこだな。」
ぼそっと言う。
「その辺が安全値っすか?」
小山田君が答える。
「ああ、この下の岩盤の厚味からすると、安全率300%はこの辺が
限界だろうな。」
私の顔に視線が動く。
「君が生方君か・・。ようこそ地獄へ。私がここの所長の五所ヶ原です。」
握手をした。
「稲瀬から連絡は貰っている。まあそこのイスに座ってくれ。」
稲瀬キャップとは知り合いらしい。
「悠!説明は?」
小山田君が首をちょっと振る。
「いえ、殆どまだしてません。」
「そっか・・。そしたら簡単に説明しようか・・・。」
所長は机の上のパソコンの1台を私の方に向けた。
概略図が映し出され、一目で概要が見える。
「やってる事は簡単、岩盤に穴を掘ってマグマの熱を貰う。
固い岩盤のリンスフェアが一番薄い部分を狙ってな。
あんこのようなアセノスフェアから熱を貰うがギリギリの部分なんで
下手すると破けて・・そのままじゃ噴火の手助けをしてしまう。
そこで栓をする訳だ。
その栓に使っているのは早く言えば”空気”だ。
空気を大量に送り込み栓との間に隙間を作ってやる。
この圧力でマグマの噴出を止めてやる。
さっき言ってた600mmってのがこのトンネルの直径の限界だ。
現在の発電は400mmのトンネル2本で行ってるが、それを1本で
補えるって値だ。」
「空気・・ですか?」
「おお・・、そいつが今の所一番 使える断衝材だな。いっぱいあるしな。
万が一何か問題が起きてもマグマの先端が冷えて地上に噴出出来ない
って限界が600mmだ。 こいつは無論岩盤によって変わって来る。
タービンを回すのに必要な熱は空気の断衝材のすぐ後ろ、極めてマグマ
に近い所から貰う。
一度設定してやれば後は勝手に発電を続ける。実に簡単な構造だよ。」
にんまりとして言う。
「結構危険なような気もしますけど・・」
「危険?・・頭の中でだろ?マグマはドロドロしてるってか?
マグマと岩盤の際の厚味を考えたらドロドロは遥か数百キロ下だよ。
私がマグマと呼ぶのは流動しているアンコ全てだ。
いきなり真っ赤に焼けている噴出マグマじゃあない・・。」
「・・なんとなく・・しか判りませんが・・」
五所ヶ原所長は豪快に笑った。
「地熱は地上で行うが、場所を制限されてしまう。
・・ま、どこでも、って訳にも行かないが、少なくとも地球の何処を
掘ってもその下はマグマだからね。
掘削さえ出来れば安易に電力が得られるって寸法だ。
今の所膨大な資金が要るが、最初に始めた頃の遥か1/20位の資金で
済む所まで来たよ。もうすぐ実用段階にはいるだろう。
そうすりゃアフリカだろうが南極だろうが、水があろうが無かろうが、
とりあえず何処でも一定の電力はまかなえる。
発電所をユニット化してしまえばかなり安く電力が手に入ると思っているよ。
掘削技術だけが、まだ追い付いていないけどな・・。」
地球上の何処でも?
・・・この人の頭の中は・・・
私は・・・発電所の所長に逢いに来たはずだが・・・まるで何処かの研究所
に来ている気分になった。
・・・・そう・・・ずっとついて回っている変な気分・・・。
今までここに来て会った人達全員に共通する匂いだ・・。
私は3日間この村を取材して回った。
聞いた事も無い施設があちこちに点在し、おかしな人達に巡り会った。
マイクロウェーブでデジタル化しているTV施設。
無論リニアモーターカーも体験したし、マイクロジェットと呼ぶエアカー
ごとき小さな飛行機にも乗った。
しかし・・私は未来に来た訳ではないしこんな場所が存在している事すら
知らなかった。
そうして・・・ここにいる人々が全員”普通”ではない事を痛切に感じたのであった。
帰りのバス停で、小山田君のお姉さんに見送られてバスに乗り込んだとたん、
決して記事にはすまい、と決心した。
この人達は放っておくべきなのだ、と理解したからだ。
先輩の「命だけは大事にしろよ」と言う言葉が理解出来たのだ。
彼はここを訪れたのだ。
小山田君のタクシーに乗って死ぬ思いをしながら取材したのだろう。
しかし、一切記事になっていない。
キャップの意図が何処にあったのか今は知る事は出来ないが・・
彼も記事にしなかった一人である事は疑いようもない。
自衛隊の受け付け前を通過する時にふと振り返って見た。
しかし、超人村を象徴するものは何ひとつ見えなかったのである。
収録作品:第一話「宇宙消滅の日」/第二話「奥様は動物がお好き」
/第三話「魔法ワークス」/第四話「ブンブンブン」
/第五話「異世界からの漂流者」
/第六話「スーパーマンの都市」
/第七話「厳選なる抽選」/第八話「未来を生む植物」/第九羽「戦勝国の憂鬱」
/第十話「慈悲のココロ」
/第十一話「完璧!人工頭脳MARIA」
/第十二話「記憶」
/第十三話「名も無い手紙」
/第十四話「Mの恐怖」