第七話 厳選なる抽選
雑誌についてる応募券を葉書に貼って好きなキャラのプレゼントに応募すると言う
お決まりのヤツ。
今人気の漫画やアニメのプレミアグッズが総勢1000名に当たると言うものだ。
他にも色々なイベントがあるが、会場に来てくれた子供達にも当たるかも知れない
と言うので、公開してみたのだった。
しかし、その企画には予想もしなかった大きな落とし穴が待っていたのだった。
大抽選会もたけなわ、いよいよ大人気の”それいけポンピンマン”の抽選に入った。
「さあ、いよいよ佳境に入ったね!さあ、ポンピンマングッズの最初の当選者は?」
・・・おもむろに抽選箱を掻き回す。
その中から1枚を取り上げた。
「埼玉県、越谷市の・・中田敏行君・12歳!」
大勢の子供達から歓声が上がった。
東側の客席から降りて来る男の子が見える。
「おーー、中田君がこの会場に来ているみたいだ。みんな拍手を送ってくれーー!」
会場は盛り上がりをみせた。
男の子がお姉さんから景品を受け取る。
可愛いガッツポーズをして戻って行った・・と、階段の途中で座り込んだ。
??不思議には思ったが進行が先。
「さあ次は誰かな?」
BGMのドラムの中、箱から1枚の葉書を取り出した。
「えーと、埼玉県・・・?越谷市・・・・・」
私は戸惑ってしまった。
まあ、仕方無いか・・複数応募を今回は禁止してなかったっけ・・。
「な、なんと、さっきの中田君がダブル・ゲットだーー。さあ、中田君、
もういちど走って来てくれ!」
会場は割れんばかりの拍手の嵐だ。
・・幸運な奴だこと・・ま、こんな事もあるさ。
男の子はさっきしゃがんでた階段まで戻った。どうも、気になる。
嫌な予感が当たった。3枚目も中田君である・・・。
流石に私もまずいと思い
「おっとーー、可笑しな葉書が出て来た。これは・・無効な葉書だった。
次の葉書にしよう・・・。」
会場はどよめいたが、ノリで押し切るつもりだった。
しかし、4枚目も5枚目も中田君の葉書が出て来るのだ。
ストップしてスタッフを呼んだ。
「おい、この応募葉書・・どうなってんだ?ちゃんと確認したのか?
重複ばっかりになってるじゃないか!」
「ポンピンマングッズに応募した1万450通の内、約4000通が彼の
応募なんですよ。
応募規定には重複応募不可とは書いてなかったので、取り敢えず
そのままに しました。」
「しかし、こんな事になってしまってる。どうして半分でもボツにしなかったんだ!」
「出来なかったっすよ!まがりなりにも12歳の少年が4000通も出して
来たんですよ。葉書1枚50円だから20万円っす。
少年ボーイの価格は1冊280円で応募券1枚。 112万円っす。
総額132万円をかけた応募をどうやってボツにしろと?」
「・・・応募券は正規のものだったのか?」
「ええ、スタッフ全員で確認しました。
間違い 無く、一冊一冊から切り抜いたものでしたよ。
まして文字は全部彼の直筆でした。」
スタッフの熱い視線が私を見据える。
「こんな事態になるのが予想出来てたって事だろうが!
何故事前に知らせないんだ!馬鹿やろう!」
今更怒っても仕方ない・・・。
「中田くーん!ちょっとここまで来てくれないか?」
少年が走って来た。
「君、132万円も使って4000通もの応募をしてくれたらしいけど、
どんなお金なの?」
「宝くじ!」
「・・・・そう・・・」
何も言えなかった。
「どうしてポンピンマングッズだけに応募したの?」
「だってさ、”いっぱいの応募をお待ちしてます”って書いてあったじゃない!
だから”いっぱい”応募したんだ!」
・・・やっぱり何も言えなかった。
結局、50個の当選の内32個は彼がゲットした。
無論事情を説明して会場の皆に了解を貰った上で。
その後は何とか無事最後まで進行したが、やたら疲れてしまったのだった。
・・・・・二度とこんな公開抽選会はやらない・・・私は固く心に誓った。
生物学者であり遺伝子学の権威、地質学にも長けていて鉱物学の権威。
人類学を好み、特に未開地域の文化の研究にも多大な時間を裂き、
文学者でもあり多々の著書がある。
私の周りの彼を知っている者で、私を含めて博士の寝顔をまざまざと見た者
はいない。
いつも机に向かって研究しているか、あちこち動き回り精力的に実験や検証
に余念が無かった。
とにかく、誰よりもタフな老人であった。
また、学者にありがちな偏屈者でもあったので、付き合いが深い人物とは殆ど
お目にかかった事が無い。
ブツブツつぶやきながら、しかし講演ともなると信じられない程流暢に
素晴らしい発表をされるのであった。だからよけい皆近づき難い。
身長152cmの小さな身体の何処から、それらのエネルギーが吹き出て来る
ものか皆一応に不思議がったものである。
そんな彼の晩年は、誰の目にも「異常」に思えたのである。
アマゾンの奥地で見つけた「ニライヤ」と言う草とも木とも言えぬ中途半端な
植物・・・。
これを彼の全財産を掛けてモロッコの砂漠に植え続けたのである。
何のプロジェクトも関わった訳ではなかったから、誰もそれを何の為に行って
いるのか全く理解していなかった。
実際幾らかは大学にある温室に今でも育成している。
どこから見てもただの草。
身の丈1.5m程の草は、トウモロコシより茎が丈夫ではあったが、葉を下に
引っ張ると、簡単に剥けてしまうのである。
長ネギと言うより白菜の如く交互に剥けてしまう。
他にこれと言って特徴も見当たらない。
雑草の中ではその存在はむしろ埋もれてしまうのである。
私はその草を眺めながら「未来を生む植物」と言っていた博士を思い出していた。
何故「未来を生む」のか、については誰も聞いた事が無かったのである。
ただひたすら広大な砂漠に植え続けていた。
ニライヤは水の無い砂漠では三日と持たず枯れてしまうのである。
また、その腐敗臭は異常な程臭く、人里離れた砂漠で無かったなら、
多分大騒動になっていただろう。
枯れてしまうのに腐敗臭が漂う・・・これに着目する者は博士以外誰一人
居なかったのである。
多くの地元の人達を雇い、腐敗する3日の内に先へ先へと植えて行ったのであった。
モロッコの砂漠で地元の村々の人々と暮らしながら、小さな老日本人は植え続けた。
乾燥地帯の人々にとっては、願っても無い定期収入であったから案外辛い仕事では
あったにせよこの老人を温かく迎えたのである。
1ヶ月もすると、腐敗臭の無くなった土地に再度植える。
更に1ヶ月後に三度目の植え付け。
それを10年に渡ってやり続けたのであった。
その総面積は日本の国土の約3倍・・・それでも砂漠のなかではほんの
一部に過ぎない。
モロッコ政府にとっても単なる砂漠に植物を植えるだけの事業であるから、
特に追求する必要は無かった。
彼はモロッコに来る前に持っていた財産を全て投入したのであったが、
彼の数多い著書の印税や特許収入はその後の彼を支え続けるのに
十分であったらしい。
誰の援助を受けるでも無く、誰の干渉を受ける事も無くその事業は続けられた。
彼がこの世を去る数ヶ月前に、ランドサットがモロッコの砂漠に不思議な
地帯を発見したのであった。
その分析結果について様々な憶測が飛んだが、殆どの学者やマスコミは
それを無視した。
水も何も無い砂漠の真ん中に「土」の成分地帯がいきなり出現したのである。
何度も飛行機による空撮を行ったが景色は何処も砂漠であったからだ。
この報道はモロッコには伝えられていない。
博士の事業は誰の注目も浴びずに行われていたから、そこが博士の
ニライヤ地帯である事を誰も知らなかった事になる。
二ヶ月前、博士が日本に戻って来た時、私の研究室を訪れた。
そして彼は言った。
「私の研究は終了したのだよ。これ以降は君が引き継いでくれたまえ。」
博士から受け継いだ膨大な資料にザッと目を通してはみたが、そこには
決定的な「何の研究」なのかの答えを見出せなかったのである。
博士が亡くなる一月前になって、件のランドサットの「異常現象」話を
耳にした。
すかさず博士の所に赴いたが、博士は体調を崩されベッドに横になって
おられた。
私が初めて見る博士の休んでいる姿であった。
ランドサットの話を博士に伝えると、にこやかに微笑んで博士は言った。
「全ての土が黒いとは限らないよ。
ニライヤは、一度目は枯れてしまうが、その時に僅かながら鉱物の結晶
と似たゼリー状の有機物を残す。
二度目のニライヤはその結晶ゼリーを取り込み、根を張る。
この時殆ど水分を必要としない。
自ら作る結晶ゼリー分を髪の毛よりも細い根として砂の下に伸ばす。
更に3度目のニライヤは枯れたように見えるが、2度目のニライヤの
根の先に球根となり、その先に延ばした毛根に結晶ゼリーを蓄える。
10年でそれらは10m程のスポンジ状の膜となっている。
結晶ゼリーは全て消えるが砂に見えても、あの土地は農耕に可能な
保湿条件を満たすようになっている。
表面の結晶ゼリーの痕跡の薄い膜が水分の蒸発を妨げるから広い
土地であれば一度もぐった水は数ヶ月、条件によっては数年保水が
可能になった。
日本に来る前に村の人々にこれからの工程を説明してある。
今頃は10年前の改良地から順番に貯水作業を行って小さな草原や
農地が作られ初めているだろう・・。
ここからは君の出番となる。土地の広さは日本の約3倍。
出来るだけ水分を必要としない植物から始めて、広大な草原を
蘇らせて欲しいのだ・・。
そして、それと平行して「ニライヤ」を緑の土地に繋げて欲しい。
その時間が私にはもう無い。
何処に保水しても植物は育つのだ。それは国作りに似ている。
しかし、保水は定期的に行われなくてはいけない。
これはまだ課題を残してはいるが、未来を作るのは人間の叡智である。
可能性を君に、君の世代に譲る。
オアシスとオアシスを繋げながら、人々が砂漠へと戻っていくのを
君の世代でやり通して欲しい。
あの砂漠の地下1000mには水脈も走っている。
尋常な事業とは言えないが可能性を語るには格好の場所となろう・・。
願わくば、世界中の砂漠に緑が蘇る可能性も示唆している事を
ワシに代わって証明して欲しいのだよ・・。」
ランドサットの誤報はこうして裏切られた。
あれから15年、ニライヤ平原のほぼ真中のこの辺りに時々雲が
かかるようになった。
今ではモロッコ政府の全面バックアップもあり、平原は細長くはあるが
海までの回廊が出来ている。
海水を浄化した水がパイプラインで平原に運ばれ、保水が完了した地域
では麦や豆の収穫も行われるまでになった。
砂嵐も少しずつ小さくなっているように感じられる。
博士の残した平原もようやくその3分の1が緑化されたに過ぎないが、
それでも日本の国土がまるまるモロッコの砂漠の中に「土地」として
蘇ったのである。
この成功を受けて各地の砂漠でも緑化が進み始めた。
入植者が砂漠を目指してひっきりなしにやって来る。
博士の言っていた「未来を生む植物」の意味が、今ようやく
分かった所である。
K国兵力40万人に対しT国兵力は10万人と言う情報機関の予測は
外れていた。
K国兵力40万人がT国に攻め入った最初の1週間でT国兵士が15万人
投降して来たのである。
予想戦力を5万人越えながらも、しかし戦争は終わらなかった。
T国のあらゆる場所で戦争は続き、2週間目には10万人の投降者が出た。
しかし、一向にT国戦力は弱まらなかった。
3週間目を向かえた頃、T国の投降者は一気に20万人となった。
T国の戦力は幾分衰えたかに見えたが戦争は終わらなかった。
4週間目に入って25万人の投降者が出たのである。
合計投降者数約70万人を抱えK国政府は財政難に陥っていた。
70万人を収容する場所や食料を自国内に確保し、1日平均20億円の
予算でも不足して来た上、それらの管理の為に一部の部隊を戦線から
呼び戻したり周辺国から関係者を募集したり、とにかく人手が足らなく
なってしまったのである。
K国内閣調査室の大臣が会議室でこう問題提起した。
「もう5週間目に入ったがT国の戦闘力にさほど衰えた様子は無い。
我国はT国の投降者を既に70万人受入れたのだが、おかげで
国の財政は逼迫しています。
食料の確保にも彼等の管理にも莫大な金額が必要になっております上、
収容場所の問題も予断を許しません。
T国は小国であり、人口は60万人と聞き及んでいるに関わらず、
投降して来た兵力は70万人に及び、今だ戦闘中である。
我々は誰と戦争しているのであろうか?
否、これは本当に戦争なのであろうか?
激しい戦闘状態に関わらず、我国の4週間の戦死者は僅か3名であり、
自国の交通事故死者数より低いのであります。」
その時、会議室に情報局から緊急連絡の書類が届けられた。
大臣はその書類をしかめっ面で読み下してから、言葉を繋げた。
「今、前線から連絡が入り、T国が戦闘を止めて軍全体で白旗投降して
来たそうだ。
その数80万人だとの事だ。我国は勝利した模様である。
さて、諸君、人口60万人の小国が150万人で投降して来たと言う事になる。
…・90万人はいったい誰なのだ?」
収録作品:第一話「宇宙消滅の日」/第二話「奥様は動物がお好き」
/第三話「魔法ワークス」/第四話「ブンブンブン」
/第五話「異世界からの漂流者」
/第六話「スーパーマンの都市」
/第七話「厳選なる抽選」/第八話「未来を生む植物」/第九羽「戦勝国の憂鬱」
/第十話「慈悲のココロ」/第十一話「完璧!人工頭脳MARIA」
/第十二話「記憶」
/第十三話「名も無い手紙」
/第十四話「Mの恐怖」