第三話 魔法ワークス
親父の名前は真帆嬢一郎と言うので看板には「MAHO WORKS」と上がっている。
おやおや、魔法でも使うのか・・と僕等の間では嘲笑の的であった。
何か問題があると「魔法屋にでも頼むか?」と常に話には上っていたが、客層も
まるっきり違うので仲間内で親しくつきあってる者はいなかった。
夏のある日、女子大生風のロングヘアーの女の子がショップに入って来た。
バツ悪そうにしながら、店の奥にいた私の前まで来た。
「あのう・・・ブレーキを見て欲しいんですけど・・」
「ブレーキ?どんな具合なの?」
カウンターを出て店の前に止まった彼女の車へ歩いて行く。
そこには赤いロードスターが止めてあった。
「オートマなのでエンジンブレーキが弱いって言われたの・・・
エンジンブレーキを強化してもらえって彼も言うし・・・。
お願いできないかしら・・・。」
今時、こんなジョークにひっかかるお嬢さんも珍しいと思いながらすかさず答えた。
「んーーん、ウチじゃ今パーツ切らしてるんだよねえ・・。
あのね、あそこの魔法ワークスってショップならすぐに修理できるかも知れないなあ。」
「判りました。お手を煩わせてしまいました。 あちらのショップに行ってみます。
ええ・・・魔法?」
「うん、マホウワークス・・、ホラあの赤い看板の店だよ!」
何度も礼を言って彼女は魔法屋さんに向かった。
面白いので、どうするもんかと見ていたが、しばらくして、車を工場に入れた・・・。
「ホホウ、やっぱり魔法を使うみたいだなあ。」
数日このネタは親しい来客間でおおうけだった。
それから間も無く八百屋のオッサンみたいな
前掛けをした親父がやって来た。
1tonトラック用のパワー・バンドとトルク・バンドが欲しいって言う。
続けて懐かしのジョーク客がやって来ると言うのも妙なものだ。
これもすかさず魔法ワークスに追いやった。
そんな事も忘れかけていた頃、件のロードスターの女の子がやって来た。
店内を見回してMDカセットホルダーをお買い上げ。
支払いをしながら聞いてみた。
「お客さん、前にエンブレの強化で来た方ですよね。その後調子はいかがですか?」
目をランランと輝かせて彼女は答えた。
「覚えていらっしゃったんですか?嬉しいです。
えーー、もう最高です!あの魔法ワークスさんて、親切で良い方ですねえ!」
えっ?最高?んなバカな・・・。
「お客さん、ちょっと車を見せてもらえませんか?」
「ええ、どうぞ・・。良いですよ。」
彼女が愛車のカギを貸してくれた。
おもむろに乗り込みキーをひねる。
車は簡単にエンジンがかかったが・・・何か変・・。音が・・ロードスターじゃない・・・。
排気音ではなく、エンジン音が明らかに違う。
ボンネットを開けてみたが、エンジン外観に変化は見られない。
しかし・・やたらドロドロ 言ってる・・。
試しに周辺を回ってみようと走り出した。
普通のオートマのつもりでアクセルをくれたのに、なんだ!このトルクは!
1800ccのNAのトルクではない!
ぐるっと店の回りを回っただけだが、異常な車になっている!
店の前に立ってる彼女にとりあえず聞いてみた。
「エンジン・ブレーキどころか、別の車になっちゃってるねえ。
魔法さん、何したって言ってた?」
「んーーんとね、松竹梅の竹だからハイブリッド化したって言ってましたよ!」
「ハイブリッド?」
「ええ、そこのMDの下のスイッチを切り替えれば優しい走行と激しい走行に
切り替わるんですって。
今は激しい方になってるのでちょっと過激かな・・。
優しい走行を選ぶと燃費が30%伸びるって言ってました。
良く判んないんですけど、リッター25km位まで省エネなんですって、うふふ。」
「リッター25km??」
私はあわててもう一度ボンネットを開いた。
確かにグリルの内側に電源がビルトインされているし、明らかに出力軸が
太くなってる・・・。エンジンに組み込まれたモーターか?
でも、これってマツダ車だし、そんなキットは何処にも無いはず。
ましてショップの親父がハイブリッドだって?悪夢を見ている気分だった。
「魔法屋さん、これ幾らでやったの?」
女の子はにこやかに
「んーーとね、竹は30万円コースでしたよ。」
んなバカな!!
システムを含めても・・・いや、それよりもこのモーターアシストって、
スポーツアシストじゃん!ボルト・オン・ハイブリッド?
・・・・有り得ない・・・でも、ここにある!
私の頭はこんがらがってしまった。
女の子が帰った後・・得体の知れない恐怖のような寒気を覚えた。
夢を見ている気分だった。
そこに、パワーバンドのおっさんが現れた。
紙に書いてあるらしいオイルを探している。
「あの、お客さん。何かお探しですか?」
首をかしげながらおっさんは紙を読んだ。
「あああ・・、オイルが欲しいんだけどよ。
んーーとなあ、0w10のジーゼル用・・・ってのあるか?」
「へっ?0w10?ジーゼル?・・・???」
私の頭は真っ白になった。
そんなシャバシャバのジーゼルオイルなんかある訳無い!絶対無い!
「おじさん、それ間違ってません?10w40 とかじゃないっすか?」
オジさんも困った顔していた。
「あーー、なんでもな、セラミック化したんで本当なら入れなくても
エエとか言ってたん じゃけんど、入れるんならそれ入れろ
って言われたんじゃ。」
「セラミック化?何を?」
「いやあ、トルクバンドとパワーバンドじゃろ?
梅だとそいつだと言ってたぞい、魔法の親父さん。」
な、何をセラミック化したってんだ?
「その梅って幾らしたんですか?」
「ああ、7万円もしたぞい!」
ナナマンエン???たった???
「お客さん、ちょっと表のトラック運転させて貰っていいかな?」
「ああ、ええよ」
エンジンをかけて見る。・・・・ジーゼル?これが?振動など殆ど無い。
シフトを1速に入れて発進・・・と、なんだこの軽いエンジン?
2速、3速、4速・・・。
そこいらの乗用より速い! おかしい。絶対可笑しい!
車を止めて座席を持ち上げて見た!
真っ白なカムカバーに、真っ白なエンジン!
「嘘だ!!」
こんなもの、世の中にまだ存在していない!聞いた事も無い。
その白いエンジンを囲み込んだ細い配管の網・・・・。
冷却用のものか?
店に戻ると親父さんが煙草をくゆらしていた。
「お客さん、本当にあの魔法屋さんがやったの?」
「おいさ、隣の肉屋の親父は運転が下手で車がフラフラするって
言ったら4WD化したって言ってたしよ、おれはどっから踏んでもハエエ
車が欲しかったからなあ。ウチの近所じゃ結構面倒見てもらってっぞ。」
「4WD?」
「おいよ、なんだ、あのスマートとか言うちゃんこい車・・・。
向かいの喫茶店の店員はカローラのエンジンを
後ろの座席外して
ミッドなんとかにしちまうし・・」
私の頭は完全にウニ化している・・・・。
つまり、こうだった。
一般乗用車ばっかり入っていたけど・・まともな修理なぞ全然やってないって
事・・らしい。
八百屋のトラックや床屋が持ってるマイクロバスなど・・片っ端から
「超改造」している・・・。
料金は松竹梅で、順に100万円、30万円、7万円
と固定してるらしい。
そうして、魔法屋の魔法はその後数年続いたが、ある日を境に、忽然と
この街からいなくなった。
ジェットエンジン搭載のクラウン・マジェスタを前にどうしたものか・・と
今頭を抱えている。
現在、この街の一般車で魔法の改造をしていない車はほんの数台に
なってしまった。
魔法屋さんがいなくなった現在、その修理を持ち込まれるのだ・・・・。
悪夢は彼が居なくなって現実となって現れた。
なにせここには魔法を使えるものが・・・
残業が長引いて、結局終電に乗る事になってしまった。
たまたま座席が空いていたので腰掛けた。
周囲はのんべの饐えた匂いがプンプン。
あーあ、やだやだ、と目を閉じてじっと我慢して眠ったフリをしていた。
と・・、斜め向かいの酔っ払いのハミングが聞えて来た。
ガタゴト言う電車の雑音で途切れながらも何となく聞き覚えのある
メロディーだった。
どうでも良かったのだが、その軽快なメロディーが脳裏に残ってしまった。
とても聞き覚えのあるメロディーなのに題名が思い出せない。
気がつくと、私もハミングしていた。
あっと思って目を開けると、斜め向かいの酔っ払いがジッと私を見ていた。
そうしてフッと笑って横を向いて、更に大きなハミングをしだした。
ちょっとバツが悪いので咳き払いをして座りなおす。
「ぶんぶんぶん・・たらららら・・ぶんぶんぶん・・たらららら・・・」
酔っ払いが小さな声を出して唄い始めた。
・・そっか・・蜂の歌か・・・ ぶんぶんぶん・・蜂が飛ぶ・・・
そうだ、息子が幼稚園で歌っていたっけ・・。
酔っ払いはそこまでを繰り返して唄っていた。
その後なんだったっけ・・たららら・・たららら・・たららら・・たららら・・
ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ・・
んーーんと・・お池・・・お池の回りに・・・お花が咲いたよ・・・
だったっけか・・・いや、お花じゃなかった・・・ん、だったっけ?
真剣に悩んでしまった。
「そうだ!野バラだ!」
ハッと気がつくと私は声を上げていた。
周囲の視線が一斉に向けられている。もう、赤面ものである。
斜め向かいの酔っ払いが大声をあげて笑った。
事情を察知したのだろう。
私は何事も無かったように目をつむった。
取り敢えずジッとこの雰囲気を耐えるしかない。
降りる駅までまだ10分ほどある。
「ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ・・ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ・・
ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ」
斜め向かいのオヤジはわざと小声を出して唄い出した。
同じフレーズを繰り返し唄い続けるのだ。
それも丁度私に聞えるような音量で・・・。
私は無視してジッと目をつむって耐えた。
しかし、頭の中にぶんぶんぶん・・が染み付いて離れない。
あんと・・・2番はどうだったっけ・・・・んーーんと・・・
あさつゆ・・・なんだっけ・・・んーーー・・!・・キラキラだ!
あさつゆ・・きらきら・・・
そんで?・・・・あんと・・・野バラが・・・どうすんだっけ???
・・・・んーーん・・・。しばし考え込んだが出て来ない。
「ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ・・ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ・・
ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ」
オヤジの声が耳につく。
んーーー、咲いたよの次・・・!
「揺れるよ!」
!!そうだ「ゆれるよ」だ!
頭の中に完全に蘇った。 !!
・・・・・・・・・・・・・・・
ぶんぶんぶん・蜂が飛ぶ
・お池の・まわりに・野ばらが・咲いたよ
・ぶんぶんぶん・蜂が飛ぶ。
ぶんぶんぶん・蜂が飛ぶ
・あさつゆ・きらきら・野ばらが・ゆれるよ
・ぶんぶんぶん・蜂が飛ぶ。
・・・・・・・・・・・
完成だ!
・・・と、人の気配を感じて目を開けた。
周囲の視線を浴びている!
そうして目の前にはあのオヤジが立っていた。
あっ・・・私は声を出して唄っていたらしい・・。
つまり・・状況的に見て・・この酔っ払いの唄に当て付けがましく
喧嘩をふっかけた恰好になってしまったようだ。
私は頭が真っ白になってしまった。
その時、見慣れたホームが目に飛び込んで来た。
降りる駅についたのだ。
私は一気に立ち上がった。
丁度何か言おうとしていたオヤジの顎に頭突きをする恰好で
当たってしまいオヤジはその場に倒れ込んだ。
完全に私はパニックになった。
慌てて降りようと出口に急いだ。
列車を降りたとたん、誰かが私の肩口をつかみ、私は空中に浮いた。
・・・・・気がつくと・・私はパトカーの中
にいた・・・。
隣には制服警官・・・。
幸い酔っ払いは歯を2本折っただけで済んだと言う。
頭の中にはぶんぶんぶん・・と言う軽快なメロディーが
まだ流れていた。
「ぶんぶんぶん」村野四郎作詞・ボヘミア民謡
収録作品:第一話「宇宙消滅の日」/第二話「奥様は動物がお好き」
/第三話「魔法ワークス」/第四話「ブンブンブン」
/第五話「異世界からの漂流者」
/第六話「スーパーマンの都市」
/第七話「厳選なる抽選」/第八話「未来を生む植物」/第九羽「戦勝国の憂鬱」
/第十話「慈悲のココロ」
/第十一話「完璧!人工頭脳MARIA」
/第十二話「記憶」
/第十三話「名も無い手紙」
/第十四話「Mの恐怖」